バンコク——タイの自動車市場は、2017年の今年ようやく息を吹き返しそうです。2011年9月から2012年末にかけて実施されたファーストカー減税(自動車の初回購入者に物品税を払い戻す税制優遇措置)の恩恵を受けた自動車購入者は、自動車を5年間保有し続けなければなりませんでした。その彼らが自家用車を売り払い、新車を買い替えられるときがやって来たのです。
日本の大手自動車メーカーは今年1月、新車の売り出しを発表しました。久々の好景気の恩恵にあずかろうとするメーカー各社の思いの強さが表れています。
タイ国トヨタ自動車の棚田京一社長は1月31日、昨年(2016年)は自動車業界にとっては最も厳しい年であったが、2017年のタイの新車市場は好転し、前年比4%増の80万台になるとの見通しを明らかにしました。日本のトップ自動車メーカーであるトヨタは、タイ自動車市場の30%以上のシェアを誇り、同社の見通しは、販売環境を見極める際の主要な指標と見られています。
自動車メーカー各社は、我先にこの市場回復の波に乗ろうとしています。たとえば、ホンダは、主力コンパクトセダンの新型「シティ」(ホンダの東南アジア販売の4分の1を占める)の発売を発表しました。ホンダは今年、タイにおける同社の全車種販売台数を前年比12%増とする計画を明らかにしています。
マツダはより積極的な目標を掲げ、前年比18%増と、2000年以降最大の市場シェア達成を目指しています。マツダは、新型ミッドサイズ「マツダ3」を含む6車種を発表しました。
トヨタは、ホンダ「シティ」に対抗し、コンパクトセダン「ヴィオス」を発表しました。日産は、先進安全装備で話題のコンパクトカー「ノート」の投入を準備しています。
5年間の停滞にやっと終止符
2011年9月に前政権によって実施されたファーストカー減税は、市場に長引く深刻な影響を及ぼしました。それは、需要の急拡大をもたらし、2012年のタイの新車販売台数は過去最高の143万台(2011年の約2倍)となりました。ファーストカー減税の利用者は、購入した自動車の5年間保有が義務づけられていました。そのときの購入者の多くが、2017年の今年ようやく縛りを解かれ、新車の購入が可能になるわけです。
英語版バンコク・ポスト紙によると、タイ工業連盟(FTI)の自動車工業倶楽部で広報を担当するスラポン氏は、「政府のファーストカー減税で自動車を購入したおよそ2万人から3万人が、新車の買い替えを行うと見られることから、わが自動車工業倶楽部は市場心理を楽観的に捉えております」と語っています。またスラポン氏は、新車販売が好調な一因として、農産物価格の上昇を挙げています。
市場回復とは言うものの、2017年の自動車販売台数は2012年の60%にも届きそうもありません。しかしファーストカー減税の後遺症が、今の自動車業界の昂奮をもたらしていることは確かでしょう。
ファーストカー減税は、多くの消費者に自動車購入に踏み切らせました。ただし、その結果、自動車販売は2014年以降縮小しました。タイに工場を持つ自動車メーカーは、輸出の拡大によって事業の維持を図りましたが、一部の施設は閉鎖に追い込まれました。トヨタは昨年800人の希望退職を募集しました。ホンダはタイにある施設の一部を停止し、タイ工場の生産能力を3分の2まで縮小することを決定しました。
タイ製造業の柱である自動車ビジネスの減速は、タイ経済全体にブレーキをかけています。2014年始め以降ほぼすべての四半期における資本財生産(実質的に自動車生産)の増加率(前年同期比)は、タイの四半期GDP成長率を下回りました。
中長期的に見て、自動車市場はどうなっていくのでしょうか?
マツダでASEAN事業を担当する井上寛(ひろし)氏は、緩やかな回復を予想しており、2020年までに販売台数を100万台まで回復させることができると見ています。
トヨタの棚田氏は、ベースライン値を90万台と捉え、経済が好調なうちは100万台まで伸び、不調になれば80万台まで落ち込むと読んでいます。
いずれにせよ、将来の見通しはV字回復からは程遠い状態です。市場の各プレーヤーは、大幅な成長が見込めないなかで、わずかなパイを必死に奪い合う熾烈な戦いを強いられることになるでしょう。
東南アジアの緩やかな成長
2016年の東南アジア主要6カ国の新車販売台数の合計は、3年ぶりに前年比3%増の約320万台となりました。タイの成長は減速しましたが、域内最大市場であるインドネシアの急速な回復が全体の販売を下支えしたものと思われます。
東南アジアの市場規模は、インドやイギリスのそれに匹敵します。日本の各メーカーはこの地域に強いプレゼンスを築いており、全体で市場シェアの約80%を占めています。そのため、東南アジア市場の浮き沈みは、各社の収益に直接響いてきます。
自動車産業界はまだ公式のデータを発表していませんが、2016年のインドネシアの新車販売台数は前年比5%増の約106万台と見られます。低金利などの影響もあり、消費者心理に改善が見られます。
2016年の新車販売台数は、フィリピンが約40万台、ベトナムが約30万台でした。両国の市場とも2桁成長を続けています。
2017年にはマレーシア市場も回復が見込まれており、東南アジア市場の成長軌道の継続に寄与することでしょう。
トヨタの棚田氏は、タイとインドネシアの巨大市場の絶大な影響を踏まえ、東南アジア地域の成長率は10%以下の緩やかなものになるとの見通しを示しています。インドネシアの自動車市場は110万台に届くものと見られます。
米国の金利が上がっても、東南アジア諸国は同じ幅しか金利を下げられません。東南アジアにとって最大の貿易相手国・中国の経済は不確実性に覆われています。市場の規模とシェアにばかり目を奪われていると、かえって収益を損なうおそれがあります。そのため、自動車メーカーは、市場を注意深く見極めながら自社の戦略を立てていかなければなりません。